千と千尋の神隠し
2007/02/04 22:18 - さ・ざ行
長々と続く石の登り階段、その両脇に蝟集する露台の店は、うろ覚えの記憶の中にある伊香保のような風景。
その店々のちょっと傷んだ外装や、通りの入り口に立つ簡素過ぎる門は、昔訪れた寂れた観光地を思い起こさせる。
そして石段を登り切った場所に建つ温泉宿。
断崖絶壁に建つその建物が空に面している側面には、遙か下までボイラー室や住み込み部屋など、温泉宿の裏方の施設が延々と続く。そしてさらにその眼下には電車が通る。
この建物その町並み。
これは夢の論理で構築された景色であり夢を映像化した世界といえるでしょう。
この時点で、私はこの映画の虜となりました。
夜が訪れ、逃げる千尋がたどり着いた先は、小川があったはずの場所。
しかしそこは湖の岸辺のように水が満々とたたえられており、その向こうにあったこの世界への入り口だった門は遙か彼方に退き、まるで遠くから熱海を見ているかのような灯火が煌めく場所になっている。
このように距離や景色が全く違った形になりながらも、その場所の同一性は保証された雰囲気が、これまたまさに夢の論理そのもの。
実にすばらしい。
そして油屋の中。
中央にある大浴場は天井まで吹き抜けになっていて、建物の中心を貫いている。
浴場の上空には回廊がかかり、浴場の周囲を囲むように何階にもそびえる宿泊部屋をつなぐ。
この異形な建物の作りも、まさに夢そのもので本当にすばらしい。
その後も続々と展開される、和風洋風あるいは折衷の奇天烈な造形や、遠浅の海の中を走る古ぼけた電車などの不思議な風景には圧倒されっぱなし。
場面場面の風景のつながりも突拍子がないながらも、なぜか違和感を感じさせない。
ここまで夢的な世界を表現した映画が今まであっただろうか。
まったくすばらしい映画ですね。
そして、名前の禁忌や、似非の汚穢に尽くすことで取得する聖なるアイテム、式神の出現といった、民話的・民俗学的な側面にも、個人的興味を大いにそそられました。
千尋や坊のビルディングス・ロマンだとか、カオナシの能力が巻き起こす人が持つ物欲の虚しさだとか、少女ソープ嬢が裏テーマだとか、琥珀主と千尋の感動的な再会だとか、そんなストーリー的な側面は、ぶっちゃけどうでもいいです。
夢の論理を見事に再現した異界。
この奇妙だけれどもどこかしら現実味も感じさせる美術造形に、存分酔い痴れることができて私はそれだけで満足です。