ベオウルフ/呪われし勇者
2007/12/25 23:29 - は・ば・ぱ・う゛行
勇者べオウルフが怪物グレンデルを倒すという、エッダやカレワラなどのような古代叙事詩が存在する。
アンジェリーナ・ジョリーが出演している。
この映画を観る際に私が持っていた知識は、そのふたつだけでした。
それ以外はストーリーもキャストもスタッフも、プロダクションノートの類も何一つ前知識として持たずに映画館に行きました。
で、映画を観ている間のことです。 言語化できるほどハッキリとは認識されないが、何か幽かな違和感にずっと悩まされ続けていたのでした。
違和感の中で唯一言語化できたのは、ラストシーンで波間に漂うアンジーの顔、というか唇の形を見た瞬間に感じたこと。
このアンジーの顔は本人の顔じゃなくて3DCGだよなぁ? CGかぶせて全裸にしたり尻尾つけたりしているとはいえ、洞窟内のアンジーは本人の実写なのに何でこのシーンだけCGなんだ? 撮影になんか問題があってCGに差し替えたのかなぁ、でもそんなことするかなぁ……
他にも、この大臣クラスの役の人はジョン・マルコヴィッチに似てるなぁ、とか、エンディングを見て、え、アンソニー・ホプキンス出てたの? まさか王様? とか。
そんなモヤモヤした感じを抱いて帰宅して、買ったパンフを観て愕然としました。
この映画は超高精細版「ポーラー・エクスプレス」だったのかーっ!!!!
背景はおろか人物に至るまですべてがCGアニメだっとは……
てっきり本人の実写だと思っていた洞窟のアンジーも3DCGアニメ!
王も女王も兵士も女官も全部CGアニメ!
あのブヨンブヨンのおっぱいもCGだったのか!
そして驚愕が去った後…… 再びモヤモヤした想いが募ってきました。
かつて「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」や「CASSHERN」の感想で、実写人物とCG背景の合成によって、現実には得がたいスケール感の大きな映像を作ることができるという側面に好意的な評価をしました。
また「アップルシード」で3DCGなのにアニメ風キャラという、セルでもなく実写でもない表現形態は、もしかしたら新しいリアルを獲得するのかも知れない、というような旨の評価をしました。
翻ってこの映画「べオウルフ」について考えるに、あたかも実写と見まがうばかりの3DCGで描かれた人物といったものに、どういう思いを抱いてよいものやら、多少混乱しています。
今現在のところ、私は二つの点で否定的感情を持っています。
まずひとつは、この手法、どうしても役者の劣化と認識せざるを得ない。
いくらコンピュータのリソースをつぎ込んで実写であるかのようにレンダリングしようとも所詮はCG。やはり人間の演技を空気感まで含めて完全再現することは不可能だと思うんですよ。
特に表情ね。
センサーを何個顔に付けようとも天才的演技者による微妙な表情を取り込むことはできないと思うんですよ。
たぶん、マルコヴィッチに似てるけど何か変だな、と感じたのはこのせいなんじゃないかと考えます(「ジキル&ハイド」でのジョン・マルコヴィッチの表情には強い衝撃を受けたんですが、それについてはまた別の機会にでも)。
「アップルシード」は、制作は3D、動きはモーションキャプチャー、キャラ造形は萌え系(というくくりもアレですが)マンガ・アニメ風という、実写指向ともセルアニメ指向とも全く異なった指向を目指した作品だと思います(それゆえ実写指向の「ベクシル 2077日本鎖国」は愚作と考えています)。
なので「アップルシード」は今では評価しているんですが、「ベオウルフ」はそういう点で、ちょっと評価しがたい感情を抱いています。これじゃ人間の劣化した代替物でしかない。
もうひとつは、人間としての役者の崩壊とでもいうべきものを感じてしまったということです。
あんまり役者個人とかにはそれほど興味がないんでよく知らなかったんですが、ベオウルフとその役者であるレイ・ウィンストンは、似ても似つかぬ姿じゃないですか。
そして身長は本人は178cmで映画内では198cmになっているとか。
またフロースガール王もアンソニー・ホプキンス本人よりもかなり太らせてあるとか。
つまり役者の形姿、演技動作といったものを解体・再構成しているわけですが、そうして生まれたキャラクターに役者本人が纏うオーラを表現することができるのか。個人的にははななだ疑問です。
擬体そのものからゴーストは生まれないとでも言いますか。 たぶん、映画全体に漂っていた違和感の元は、これなんじゃないかと考えます。
繰り返しますが「アップルシード」のようなアプローチは役者のオーラを纏う必要はないんです。
しかし「ベオウルフ」はその役者本人にキャラの姿を近づけるという方向性を取っているので、役者のオーラとか存在感といったものが気になってしまうわけです。
そんなわけでこの映画手法に関しては今はまだマイナス評価を持っていますが、それは私の頭が古いからかも知れないなぁ、とか、時間が経てば評価は変わるかもなぁ、という予感も感じなくはないです。
また全く新しい表現の出現という映画史なエポックに、もしかしたらなる作品なのかも知れないという意味で、一度は観ても良い映画だとも思います。
参考エントリー
全編3D
参考アフィリエイト
原典
古代叙事詩
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カレワラ 上―フィンランド叙事詩
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カレワラ 下―フィンランド叙事詩
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エッダ―古代北欧歌謡集
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トリスタン・イズー物語 (岩波文庫)
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ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)
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ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)
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イリアス〈上〉 (岩波文庫)
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イリアス〈下〉 (岩波文庫)
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ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)
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ホメロス オデュッセイア〈下〉 (岩波文庫)
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ロシア英雄叙事詩ブィリーナ
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ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)