人間文化研究機構連携展示『百鬼夜行の世界』 (2) -百鬼夜行絵巻の系譜-
2009/08/03 20:52 - アート巡り
実際に見た順番とは逆ですが、展覧会の部立てに則って、佐倉の方からレポ。
片道2時間半近くかかった苦労話や、国立歴史民俗博物館自体についての感想やレポなど、縷々書きつづりたいことはあります。 が、それらは別の機会に譲るとして、当エントリーでは目的の展覧会『百鬼夜行の世界』を見て抱いた感想に絞って述べたいと思います。
展示スペースはとっても狭いです。小学校や中学校の教室1つ分程度の空間です。 この展覧会は常設展示の一部という位置づけということだそうで、常設展示エリア自体はとても広いのですが、その中のごく一部であるミニ企画展示コーナーという場所でおこなわれていました。
また展示物も少ないです。 全部で絵巻物が8本展示されているだけ。 しかし数は少ないと言えども、見応えのあるものが並んでいますよ!!
まずは重要文化財にして、百鬼夜行絵巻を代表する、伝・土佐光信筆「百鬼夜行絵巻」通称「真珠庵本」。
力強い入りや流れるような払いを駆使した筆致が素晴らしい。 特に、唐櫃を破る赤鬼の筋肉の力強さと、各所に見える布の柔らかそうな質感には惚れ惚れします。
また鮮やかな赤や緑といった色遣いも鮮烈で実に美しい。よく退色せずにここまで残ったものだ。
前日に見た国文学研究資料館で展示されていた江戸期の写本群が、幼児の落書きにしか見えなくなるくらいに、真珠庵本は素晴らしいものでした。
そしてもうひとつ。今回の企画展はこれを展示するために開かれたものといっても過言ではないでしょう。 妖怪好きには一番ホットなトレンド、伝・土佐吉光「百鬼夜行絵巻」、識別名として『百鬼ノ図』と呼ばれる絵巻です。
近年あらたに発見された絵巻だそうで、その後半1/3には、他の百鬼夜行絵巻では今まで見たこともない、黒雲とその中に見え隠れする異形のシルエットという実に驚くべき画が描かれています。
この発見により、それまで唱えられていた百鬼夜行絵巻絵巻の成り立ちや系統についての説が一気にひっくり返る可能性が出てきたという、非常にセンセーショナルな代物。
そのあたりについては、小松和彦先生が「百鬼夜行絵巻の謎 (集英社新書ヴィジュアル版)」という本にまとめています。
新書なのでハンディサイズで持ちやすいうえに、図版が多くて、なかなか良い本です。
私、この本が出てすぐに買って読んだんですが、今までの百鬼夜行絵巻とはあまりにも異質なんで、おおいに興奮しましたよ。フハッ!
何が異様かといって、黒雲と魔物のシルエットもそうなんですが、それよりもむしろ注目すべきは、それらを見て逃げまどう百鬼たち。
今まで知られていた百鬼夜行絵巻では、我が物顔で練り歩いていた妖怪たちが、最後に朝日が昇ってきたので退散するという流れでした。 もっとも最近ではそれは朝日ではなく、陀羅尼経によって出現した炎だという説が主流らしいですが。
しかし太陽にしても仏の加護にしても、人間にとってはプラスの要素によって、マイナスの要素である妖怪たちが退けられるという構成です。
一方、百鬼ノ図の黒雲とシルエットはどう見ても、太陽や仏などのように人間にとって好ましい存在には見えません。
黒雲の中の異形の影からは、妖怪たちよりももっと禍々しいものという印象を受けます。 特に妖怪たちが逃げまどう部分に描かれた赤い口を大きく開けた黒い影は実に獰猛そうじゃありませんか(↑の本の表紙になっている絵です)。
ここからは、妖怪とは異なる、妖怪すらも恐れる、さらなる恐ろしい種族の存在がうかがえます。
ここには人間が入る余地はなく、人間より高位の存在が、さらに高位の存在によって痛めつけられているという印象を受けます。
ここで思い起こすのが「稲生物怪録」。
それにはいろいろな化け物が出てきますが、最後にその化け物たちの頭領、
化け物たちを統率しているんだから化け物の中で一番の実力者なんだろうと思いきや、同類は神ン野悪五郎だけと言う。 ということは山ン本は、私は化け物ではなく、さらに上位の存在なのである、と言っているのではないでしょうか。
妖怪たちを怯えさせる黒雲の魔物。そして山ン本五郎左衛門、神ン野悪五郎という二人の魔王。 幻想世界のヒエラルキーを夢想させる、実に魅惑的な概念じゃあありませんか。